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東京地方裁判所 平成7年(刑わ)1547号 判決 2000年3月29日

主文

被告人を懲役一二年に処する。

未決勾留日数中一二〇〇日を右刑に算入する。

訴訟費用は被告人の負担とする。

理由

(罪となるべき事実)

被告人は、昭和六三年二月ころから平成七年一〇月ころまでの間、オウム真理教(以下「教団」という。)に所属していたものであるが、

第一  教団代表者であったAことXがY’(以下「Y」という。)から、同人所有に係る熊本県阿蘇郡波野村中江字上大河原<番地略>など七筆の土地(地目原野、公簿面積五万九〇四八平方メートル、実測面積約一五万平方メートル)を買い受けようとするに当たり、あらかじめ同村長を経由して熊本県知事に対し土地売買の予定対価の額等法令に定める事項の届出をするに際し、平成二年五月一九日、熊本県阿蘇郡波野村大字波野<番地略>所在の波野村役場において、Xの代理人として、同人の従業者である教団所属のB(以下「B」という。)らと共謀の上、Xの業務に関し、同役場総務課長補佐阿南忠治に対し、真実は、右売買の予定対価の一平方メートル当たりの単価が約三三三円(総額五〇〇〇万円)であるにもかかわらず、右単価を一平方メートル当たり二〇〇円とする内容虚偽の同県知事あての土地売買等届出書を提出し、もって、虚偽の届出をし、

第二  法定の除外事由がないのに、平成二年五月二四日、熊本県阿蘇郡一の宮町大字宮地<番地略>所在の有限会社阿蘇不動産事務所において、宗教法人である教団の代理人として、教団の従業者であるBらと共謀の上、教団の業務に関し、あらかじめ前記波野村長を経由して熊本県知事に対し土地売買の予定対価の額等法令に定める事項を届け出することなく、Yとの間で売主Y、買主教団、売買代金五〇〇〇万円とする前記七筆の土地の売買契約を締結し、もって、届出をしないで土地売買等の契約を締結し、

第三  Bらと共謀の上、Y所有に係る前記七筆の土地について、真実は、前記第二記載のとおり、平成二年五月二四日、売主Y、買主教団、売買代金五〇〇〇万円とする売買契約が成立したのに、これを同日、Yから教団へ贈与したものと偽って教団に所有権移転登記をしようと企て、

1  同月二五日、熊本県阿蘇郡一の宮町大字宮地<番地略>所在の熊本地方法務局阿蘇支局において、司法書士前田千秋を介して、同支局登記官佐藤俊介に対し、登記申請書等所要の登記手続関係書類を提出して、同郡波野村中江字上大河原<番地略>の土地の所有権が贈与を原因としてYから教団に移転した旨の登記申請をし、同月二九日、同登記官をして、右申請に基づき同支局に備え付けの登記簿原本に不実の記載をさせた上、即時同所に備え付けさせて行使し、

2  同月二八日、右熊本地方法務局阿蘇支局において、右前田を介して、右登記官佐藤に対し、登記申請書等所要の登記手続関係書類を提出して、同郡波野村中江字上大河原<番地略>など六筆の土地の所有権が贈与を原因としてYから教団に移転した旨の登記申請をし、同日、同登記官をして、右申請に基づき同支局に備え付けの登記簿原本に不実の記載をさせた上、即時同所に備え付けさせて行使し、

第四  教団所属のC(以下「C」という。)及び同Dらと共謀の上、B及び教団所属のEに対する国土利用計画法違反等被告事件並びに教団所属のFに対する証憑堙滅被告事件に関し、真実は、教団がYから同人所有の前記七筆の土地を代金五〇〇〇万円で購入し、右土地の売買代金の一部としてYに対し、三五〇〇万円を支払ったものであるのに、同取引を法令の規定による届出を要しない負担付贈与とすり替え、右三五〇〇万円は教団のYに対する融資金であると仮装し、右Dをしてその旨証言させるなどしてBらの刑責を免れさせようと企て、平成四年六月二五日及び同年八月二七日、熊本市京町<番地略>所在の熊本地方裁判所で開廷された前記各被告事件の第一六回及び第一七回公判期日において、教団がYに三五〇〇万円を融資したこと及びその事実を外部に公表しないこと等を内容とする平成二年五月二四日付けYら作成名義の覚書並びに三五〇〇万円を融資金として受領した旨の同年六月一九日付けY作成名義の受領書は、いずれも事後に偽造したものであることを知悉する右Dにおいて、宣誓の上、証人として、「平成二年七月一六日、Eと二人でYに会った際、同人に対しEが『融資の覚書を紛失したので、領収書のようなものを書いて欲しい。』と言うと、Yが『あの話は外部に公表しないはずになっているじゃないか。そういう話は困る。もう少し探して下さい。』と言った。その日の夜、Eから『教団がYに三五〇〇万円を融資し、覚書を作成したが、世間体を気にするYの要望で絶対表に出さないという取り決めになっていた。』などと聞いた。」旨、「同月二三日、Eと二人でYを訪ね、一六日と同様のお願いをしたところ、Yは、覚書が外部に出されては非常に困るという感じで応対した。」旨、さらに「同月二四日、Eと二人でYを訪ね、一六日及び二三日と同様のお願いをしたところ、Yは、最終的に『じゃあ作りましょうか。文面はどうしましょうか。』などと言った。その後、三五〇〇万円の受領書を作成してくれたとEから聞いている。」旨それぞれ虚偽の証言をなし、もって、偽証し、

第五  Bらに対する国土利用計画法違反等被告事件に関し、前記第四と同様に仮装し、これに沿う金銭消費貸借契約書を偽造するなどしてBらの刑責を免れさせようと企て、C及び教団所属の故Gらと共謀の上、右被告事件に関し、平成三年一月初旬ころ、大阪市淀川区東三国<番地略>プライムハイツ新大阪△号室及び静岡県富士宮市人穴<番地略>所在の第一サティアンと称する教団施設等において、行使の目的をもって、ほしいままに、「教団は、Yに対し、本日約定にて金三五〇〇万円を貸し渡し、Yはこれを借り受け借用した。弁済期・平成三年六月一九日、利息・年五パーセント」、「教団はYの承諾なしに、本覚書の一切に関して平成三年二月一日より前には第三者に漏らしてはならない。」などと記載した「覚書」と題する書面を作成した上、その借主欄のYの名下に、あらかじめ偽造した「Y」と刻した印章を押捺し、もって、Y作成名義の金銭消費貸借契約証書一通の偽造を遂げ、平成四年六月二五日、前記熊本地方裁判所で開廷された前記被告事件の第一六回公判期日において、情を知らないBらの弁護人高橋庸尚らをして、右契約書が真正に成立したもののように装って証拠物として取調べのため展示させた上、同裁判所に提出させて行使し、

第六  Bらに対する国土利用計画法違反等被告事件に関し、前記第四と同様に仮装し、これに沿う偽造の受領書を用いてBらの刑責を免れさせようと企て、右Cらと共謀の上、平成四年八月二七日、前記熊本地方裁判所で開廷された前記被告事件の第一七回公判期日において、偽造に係る「オウム真理教殿、一年契約で三五〇〇万円の融資を受けました。平成二年六月一九日」と記載されたYの署名押印のある同人作成名義の受領書一通を、情を知らない前記高橋らをして、右受領書が真正に成立したもののように装って証拠物として取調べのため展示させた上、同裁判所に提出させて行使し、

第七  X並びに教団所属のH、同I、同J及び同Kと共謀の上、オウム真理教被害対策弁護団の一員として信者の出家阻止、脱会促進などの活動を活発に行っていた弁護士滝本太郎(当時三七歳)を殺害しようと企て、平成六年五月九日午後一時一五分ころ、甲府市中央<番地略>所在の甲府地方裁判所駐車場において、被告人においては人体に有害な作用をもたらす何らかの薬物との認識の下に、サリンを含有する液体約三〇ミリリットルをKが同所に駐車中の右滝本所有の普通乗用自動車のフロントウインドウ・アンダーパネル運転席側部分に滴下し、気化発散させて同車両内に流入させるなどし、その後同車両に乗車してこれを運転した右滝本に対し、同駐車場及び走行中の同車両内などにおいて、サリンガスを吸入させるなどしたが、同人にサリン中毒症の傷害を負わせたにとどまり、殺害の目的を遂げず、

第八  教団所属のL、同M、同N、同O、同Pらが、営利の目的で、平成六年三月二七日から同月二八日にかけて、薬物を用いてWを意識不明にした上、同人を宮崎県小林市内の富士旅館こと同人方から山梨県内の第六サティアンと称する教団建物に連れ込んだ事実があって、同年九月一日、右Wが弁護士伊藤芳朗、同年森俊宏、同平田広志、同中島多津雄、同小野毅(以下「伊藤芳朗ら」という。)を代理人として宮崎県警察小林警察署長あてにL、M、N、O、Pを営利誘拐の犯人として告訴したことが誣告罪を構成しないのに、Nらと共謀の上、右W及び伊藤芳朗らを被告訴人として刑事上の処分を受けさせる目的で、「Nらは医療行為のためにWを搬送したのであるから、平成六年九月一日、WがNらを営利誘拐の罪の犯人として小林警察署長に告訴したのは誣告罪に該当する」旨の虚偽の事実を記載した小林警察署長あての告訴状と題する書面一通を作成した上、同年一〇月二七日、これを宮崎市大字恒久<番地略>所在の宮崎県警察宮崎南警察署において、同署係官に提出して、同月二九日、小林市大字堤<番地略>所在の小林警察署長に到達させて虚偽の事実を申告し、もって、右W及び伊藤芳朗らを誣告し、

第九  先に教団所属のQが三重県亀山市内で教団所有の普通乗用自動車に乗車中、交通事故により傷害を負ったことを奇貨とし、教団が右車両につき自動車総合保険契約を締結している日動火災海上保険株式会社から右Qの後遺障害に係る保険金を騙取しようと企て、右Qらと共謀の上、平成六年一二月九日、東京都中野区野方<番地略>所在の教団附属医院において、同会社静岡支店富士サービスオフィス所長山本浩司に対し、真実は、右Qには右交通事故により被った傷害の後遺障害として精神に著しい障害が残って介護を要するものとなった事実及び右後遺障害のため就労が不能となった事実はなく、かつ、右Qの右眼の矯正視力が〇・〇一以下となった事実はないのに、同人に記銘力及び現実検討能力の低下、異常行動等の著しい器質性精神障害が残り、随時介護を要し、右障害のために就労することができず、加えて、右眼の矯正視力が〇・〇一以下となった旨虚偽の申告をした上、その旨記載した内容虚偽の後遺障害診断書、日常生活状況報告表、日常生活動作検査表等を提出して、右保険の約款に定められた後遺障害等級併合第一級相当の後遺障害に係る保険金の支払いを請求し、右山本らをして、その旨誤信させて右保険金を騙取しようとしたが、不審を抱いた同会社担当者において支払いを拒絶したため、その目的を遂げず、

第一〇  教団所属のRらと共謀の上、平成七年一月四日、東京都港区南青山<番地略>マハーポーシャビルにおいて、多数の新聞記者、放送記者、雑誌記者らとの記者会見を行い、右記者らに対し、「被告訴人安藤由大は、平成六年三月ころから同年一二月ころにかけて、山梨県西八代郡上九一色村富士ヶ嶺<番地略>中央三共有機株式会社を拠点として廃棄物処理を偽装し、教団信者が居住する同村富士ヶ嶺<番地略>所在の教団施設に対し、強い神経毒性のあるサリン、ソマン、VXガス等の有機リン系化合物を噴霧し、一定量以上を継続して噴霧し続ければ呼吸筋や心機能を麻痺させて死の結果を生ずることが容易に推認できるにもかかわらず、連日噴霧し続けたが、告訴人らに毒ガス(びらんガス・神経ガス)中毒症の傷害を負わせたにとどまり、殺害の目的を遂げなかったものである。」旨記載し、右安藤の住所等を明記した同人に対する殺人未遂罪に係る甲府地方検察庁検察官宛ての平成七年一月四日付け告訴状写しを配布し、右告訴が受理された旨告げた上、「被告訴人安藤由大経営の中央三共有機という会社から教団施設の方に継続的に毒ガスが噴霧されているという事実が確認されている。」旨虚構の事実を申し向け、もって、公然、内容虚偽の事実を摘示して、右安藤の名誉を毀損し、

第一一  R及び教団所属のSらと共謀の上、教団所属のTが、先に東京都品川区上大崎<番地略>付近路上で発生した被害者假谷清志に係る逮捕監禁事件の犯人として逮捕状が発せられ、警察により指名手配されている者であることを知りながら、右Tの逮捕を免れさせようと企て、平成七年三月二五日ころから同年四月八日ころまでの間、石川県鳳至郡穴水町字根木<番地略>所在の貸別荘千里浜荘に同人を宿泊させて匿い、あるいは、この間、同人の顔面に整形手術を施してその容貌を変え、さらに、同人の逃走資金として現金五〇〇万円を調達して右千里浜荘に同人とともに滞在していた右Rらに交付するなどし、もって、犯人を蔵匿するとともに隠避せしめた

ものである。

(証拠の標目)省略

(補足説明)

第一  判示第三の公正証書原本不実記載、同行使の公訴事実について

1  弁護人は、公正証書原本不実記載、同行使の公訴事実につき、事実関係は争わないとしながらも、中間省略や譲渡担保に関する登記の一般的な取扱いを援用して、被告人のした行為は、定型的に構成要件該当性ないし違法性を欠くから、被告人は無罪である旨主張している。

2  しかしながら、関係各証拠によれば、(1)教団及びY間における本件土地の売買は、代金が時価を上回るものであったことなどから、当時の国土利用計画法二三条による届出をすれば、手続に一定の期間を要するほか、県知事から同法二四条に基づく勧告を受けるおそれがあったこと、(2)被告人らは、右のような国土利用計画法による規制を回避するため、あえて本件行為に及んだものであり、本件行為の動機目的は、まさに同法による規制を潜脱することにあったこと、(3)売買を負担付贈与と偽ったことにより、Yは多額の裏金を取得し、また教団は同法による届出をしないまま本件土地に教団施設を建築するに至っていること、(4)その後本件行為が発覚するや、被告人らは、事態を糊塗するため、更に有印私文書偽造、同行使、偽証などの犯罪を次々に重ねていったこと等の事情が認められる。以上のような本件行為に至る経緯、その動機目的、結果及び事後の状況等に照らせば、判示の国土利用計画法違反の罪と密接に関連する本件公正証書原本不実記載、同行使の行為は、悪質というべきであって、その可罰性は明らかであり、これが構成要件該当性ないし違法性を欠くなどということはできない。本件は、中間省略や譲渡担保に関する登記の一般的な取扱いの場合とは事案を異にしており、これらが同列であることを前提に立論するのは、相当でないといわざるを得ない。したがって、弁護人の主張は採用し得ない。

第二  判示第七の殺人未遂の公訴事実について

一  本件液体について

1 弁護人は、滝本の車両に掛けられた本件液体に関し、鑑定、流入試験等は本件液体がサリンであることを立証するものではない、滝本の症状はサリンとは関係がない、本件液体はいわゆる松本サリン事件で使用されたサリンと同一ではないとして、本件液体はサリンではないと主張している。

2 しかしながら、まず、滝本車両について行われた鑑定の関係をみると、(1)警視庁科学捜査研究所薬物研究員野中弘孝作成の鑑定書謄本、同研究員作成の報告書謄本(右鑑定書の資料に係る電子衝撃法すなわちEI法チャート)、同研究員作成の報告書謄本(右鑑定書の資料に係る化学イオン化法すなわちCI法チャート)によれば、鑑定資料である滝本車両のフロントウィンドウ・アンダーパネルのうち表面<1>の部位からメチルホスホン酸モノイソプロピルが検出されたこと及び右検出の基礎になった鑑定資料の測定結果が示されている。次に、(2)野中研究員作成の鑑定書謄本、同研究員作成の報告書謄本(右鑑定書の資料に係るEI法チャート)、同研究員作成の報告書謄本(右鑑定書の資料に係るCI法チャート)、司法警察員作成の付着物採取状況報告書謄本によれば、鑑定資料である滝本車両のカウル右側水抜き穴の付着物からメチルホスホン酸モノイソプロピルが検出されたこと及び右検出の基礎になった鑑定資料の測定結果が示されている。また、(3)野中研究員作成の報告書謄本(標準品に係るEI法チャート)、同研究員作成の報告書謄本(標準品に係るもう一つのEI法チャート)によれば、鑑定資料と対照すべきメチルホスホン酸モノイソプロピルの標準品に係る測定結果が示されている。そして、(4)野中研究員の証言は、以上のような鑑定の経過全般について説明しており、(5)警察庁科学警察研究所化学第四研究室長瀬戸康雄の証言は、標準品の合成経過等について明らかにしているところである。

以上のような関係各証拠を総合すれば、滝本車両のフロントウィンドウ・アンダーパネル運転席側表面と、同車両のカウル右側水抜き穴(右側フロントフェンダーパネル内の水抜き穴)の付着物から、ともにサリン分解物であるメチルホスホン酸モノイソプロピルが検出された旨の鑑定結果が得られたことは、これを優に認めることができる。

弁護人からは、特に甲三〇三号証の鑑定書謄本について、対照資料とされた標準品の合成経過や標準品のチャートに関連して種々問題点の指摘があったが、これらについては審理の過程で順次解明されており、現在の証拠関係の下においては、右鑑定書謄本の証拠能力(甲三〇三号証等に係る平成一〇年一〇月七日付け証拠採用決定参照)及びその証明力に影響を及ぼすべき事情はないものと認められる。また、弁護人は、滝本車両には本件とは別の機会に上九一色村の教団施設付近のサリン分解物を含有する土等が付着していたことも考えられるとし、また、鑑定が行われた実験室は先に別の鑑定を行った際サリン等に汚染されていたとして、これらによってメチルホスホン酸モノイソプロピルが検出された可能性がある旨も主張するが、そのような可能性が現実化したことを示す具体的な証拠はない。

いずれにせよ、滝本車両に由来する資料、しかも本件液体が掛けられた部位と符合する箇所に由来する資料から、サリン分解物であるメチルホスホン酸モノイソプロピルが検出された旨の鑑定結果が得られたことは、判示行為から右検出時までに相当の時間的経過があることを考慮しても、なお本件液体の性質を認定する上で相応の重みを有する一つの状況事実であることに変わりはないというべきである。

3 次に、本件液体やその容器を用意し、これを携えて犯行現場に臨んだI及びHは、捜査段階及び公判段階を通じて、いずれも、本件液体がサリンないしサリンを含有する溶液であったことを肯定しているところである。特に、本件液体の保管場所に赴いてこれを遠心沈殿管(以下「遠心管」という。)に詰める作業を担当したIは、自ら図面を書くなどして、クシティガルバ棟と称する建物のスーパーハウスドラフト内で行った右作業の過程を詳細かつ具体的に供述し、遠心管に本件液体を詰めた残余のサリンが松本サリン事件で使用された旨も供述している。

ところで、弁護人は、Uがクシティガルバ棟でサリン中毒事故を起こした時期につき、U自身が五月下旬ころと供述しており、他方、Iが右作業を行ったのは、Uの中毒事故があってからサリン入りの容器をドラフト内へ置くこととした後である旨Iが供述していることを論拠として、滝本事件に際してIが遠心管に詰めたのは、その後松本サリン事件で使用されたサリンとは別の液体であった旨主張する。Iが五月下旬ころ以降に右作業を行ったとすれば、それは本件犯行日(五月九日)よりも後になってしまうから、Uの供述とIの供述との間に整合性に欠ける点が存在することは、所論指摘のとおりである。しかし、Uが中毒事故を起こした時期に関する同人の供述は、「五月下旬ころと思いますが」という程度の漠然としたものであり、格別の根拠も示されていないこと、Uの右供述を肯定するIの証言は、問われるまま単にUの供述を肯定したという色彩の濃いものであること、サリンを遠心管に詰める作業をした点に関するIの供述は、前記のとおり詳細かつ具体的であって、臨場感に富むものであり、迫真性を備えていること等の事情にかんがみると、右作業に関するIの前記供述の信用性は、Uの供述によっては減殺されないものとみるのが相当である。

また、司法警察員作成の差押物写真撮影報告書謄本、司法警察員作成の押収品に関する裏付捜査報告書謄本、Kの検察官調書謄本等関係各証拠によれば、本件液体の散布役をしたKが犯行時に使用していた白色ハンドバッグがオウム真理教富士山総本部の第一サティアンで押収された際、その中からサリン予防薬であるメスチノンの包装用メタルパックが発見されていることが明らかである。右事実は、本件液体の散布役であるKが犯行に際しサリン中毒になることを懸念したIらがその予防措置を講じたことを示すものであって、本件液体がサリンないしサリンを含有する溶液であったとするI及びHの各供述を客観的に裏付けるものとみることができる。

さらに、Rの検察官調書謄本によれば、同人は、本件前日にIから、明日サリンの実験をするので治療用具一式を用意して甲府南インターチェンジの出口で待機されたい旨を依頼され、五月九日、パム、点滴装置、硫酸アトロピン、酸素ボンベなどサリンの治療用具一式を車に積んで指定の場所で待機していたことが認められる。右事実は、本件液体の散布役であるKのみならず、HやI自身もサリン中毒になることを懸念したIが対応措置を講じたことを示すものであって、本件液体がサリンであったとするIの供述を裏付けるものとみることができる。

以上のほか、関係証拠上明らかなI及びHがサリンと関わった状況にも照らせば、本件液体がサリンないしサリンを含有する溶液であったことを肯定する両名の各供述には高い信用性が認められるというべきである。

4 また、関係各証拠によれば、Kは、本件犯行後Iらと合流したころから、目の前が普段より暗いように感じ、Iからは瞳孔が縮んでいると言われ、呼吸が苦しくなったり、気分が悪くなったりしたため、二回にわたってIにサリン中毒症の治療薬であるパムを注射してもらうなど、サリン中毒とおぼしき症状を呈していたことが認められる。この点につき、Iは、Kの瞳孔が縮んでいると言ったことはなく、またKの症状はパムのせいではないかと思っているなどと証言するが、右証言は、Kの検察官に対する供述調書謄本など他の関係各証拠と対比して信用性に欠けるものといわざるを得ない。

5 さらに、滝本は、本件犯行当日の午後六時過ぎころ、車の運転中に目の前が暗くなるなどの症状を感じ、途中で停止した際、自宅にいる妻にその旨を訴える電話をかけ、その後なんとか運転を続けて自宅にたどりついたものの、帰宅後も眼前暗黒感が続いたため、くも膜下出血ではないかと心配になり、翌々日横浜国際クリニックで脳ドックを受診したが、脳には異常が認められなかった旨供述しているところ、右の供述は、帰宅途中で眼前暗黒感を訴える電話を受けた滝本美知留の供述、平成六年五月一一日に眼前暗黒感を訴える滝本を診察した横浜国際クリニックの小滝浩平医師の供述等による裏付けを伴うものであり、十分信用することができるものと認められる。そして、九州大学医学部の井上尚英教授の証言によれば、五月九日滝本に生じた眼前暗黒感などの症状は、その症状自体に照らしてサリンに起因する可能性が高いと認められる。その他、関係各証拠を総合すれば、本件犯行当日の夕刻滝本にはサリン中毒とおぼしき症状が発現していたことが認められる。

6 以上のとおりであって、右に指摘した滝本の車両に関する鑑定結果、本件液体を準備携帯した者の供述状況、本件液体を掛けたKに発現した症状、本件液体が掛けられた車両を運転した滝本に発現した症状など諸般の事情を総合すれば、本件液体がサリンないしサリンを含有する溶液であったことは明白である。所論にかんがみ逐一検討しても、右判断は揺るがない。したがって、この点を争う弁護人の主張は、採用することができない。

二  殺意及び共謀について

1 被告人は、滝本弁護士に何らかの危害が加わるとは全く考えていなかった旨供述し、この供述に沿って、弁護人は、被告人には殺意がなかった、共犯者も危険な結果は出ないと予想していた、Xからも殺害の指示はなかったなどとして、殺意及び共謀の存在を否定し、犯罪の成立を争っている。

2 そこで、被告人の主観面についてはしばらく措き、まず、本件をめぐる主要な経過について検討すると、関係各証拠によれば、以下の事実が認められる。

(1)教団の代表者であったXは、弁護士滝本太郎がオウム真理教被害対策弁護団の一員として、信者の出家阻止、脱会促進などの活動を平成五年七月ころから活発に行っていることを知り、その活動が教団にとって不都合であることから、同弁護士を殺害しようと企て、平成六年五月七日ころ、上九一色村富士ケ嶺<番地略>所在の第六サティアンと称する施設の一階にあるXの居室において、被告人、H及びIの三名に対し、同弁護士のことを取り沙汰した上、同年五月九日甲府地方裁判所において同弁護士を相手方訴訟代理人とする民事訴訟事件の口頭弁論が予定されており、同弁護士が自ら車を運転して出頭することを被告人から聞知するや、「滝本弁護士の車に魔法使いを使え。」などと、その機会にサリンを用いて同弁護士を殺害すべき旨を指示し、その準備行為の一環として、車に液体を滴下した際の車内への流入状況についてあらかじめ実験することや、甲府地裁の下見をすることなどを併せて指示した。

(2)そこで、被告人、H及びIの三名は、Xの部屋から退出した後、第六サティアン一階において、直ちに犯行の具体的な実行方法について相談した。

(3)同月八日、H及びIは、滝本弁護士の車と同種の車にアンモニアを滴下し、車内への流入状況を調査した上、被告人も同席する場で、その結果をXに報告した。その際、被告人は、自ら描いた甲府地裁周辺の略図を示しながら、同地裁構内の駐車場や同地裁に出頭した際の滝本弁護士の駐車位置などについて説明した。これを聞いたXは、被告人、H及びIの三名に対し、H及びIが甲府地裁の裏側駐車場に車を止めた上、前記民事訴訟事件の開廷時刻である午後一時一五分に同弁護士の車のフロントウィンドウ付近にサリンをかけること、サリンをかける実行役を出家信者のKに行わせること、被告人の車の運転及び連絡役を出家信者のJに行わせることなどを指示した。

(4)同日、H及びIは、Xの前記指示に従い、甲府市内へ赴いて甲府地裁及びその周辺を敷地外から下見し、その結果をXに報告した。すると、Xは、Kを変装させること、Kをして事前にサリンをかける練習をさせること、本件犯行には不自然でないナンバーで教団名義になっていない車を使用することなどを指示した。さらに、同日、Xは、東京都新宿区西早稲田<番地略>パシフィック西早稲田△号室にいたJを第六サティアンの自室へ呼び寄せた上、同人に対し、滝本弁護士を魔法でポアするので、被告人の車を運転してもらうなどと指示した。右に引き続き、被告人、H、I及びJの四名は、第六サティアン一階において、本件犯行の具体的方法について打合せを行い、それぞれの役割分担を確認した。他方、Xは、第六サティアン二階にいたKを自室に呼び出した上、本件犯行に加担するよう申し向け、承諾させた。

(5)Iは、サリン中毒症など有機リン酸中毒症の予防薬、サリン中毒症の治療薬であるパム、注射器等を用意し、Jに対し、同人及び被告人用として二名分の右予防薬を渡し、これを明日出発前に服用することなどを指示した。また、Iは、自分たちがサリン中毒になった場合に備えるため、Xの了解の下に、教団幹部で医師のRに対し、明日サリンの実験をするので治療用具一式を用意して甲府南インターチェンジの出口で待機されたい旨を依頼し、その承諾を得た。さらに、Hは、Xの指示に沿う犯行用の車として、ニッサン・パルサーを富士山総本部の車両班から借り受けて調達した。

(6)Iは、同月九日早朝ころ、クシティガルバ棟において、Hから渡されたテフロン製の遠心管三本にサリンを各数十cc移し入れ、これをパルサー車に積み込んで準備した。また、H及びIは、Xの指示に従って、Kに対し、水を入れた遠心管を使って、自動車のフロントガラス付近に液体をかける練習を数回行わせるとともに、息を止め顔をそむけて掛けること、絶対手に付けないこと、手に付いたり具合が悪くなったりしたときはすぐに言うことなどを指示した。

(7)同日朝、Jが運転するトヨタ・クラウンに被告人が乗車し、Hが運転するパルサー車にIとKが乗車して、それぞれ上九一色村を出発したが、甲府へ向かう車内で、Jは、被告人から「薬はどうしたの。飲むのを忘れてはだめじゃないの。」などと言われ、Jは、前日Iから渡されていたサリン中毒症の予防薬を被告人とともに服用した。両車両は、途中で合流し、犯行の役割分担を再確認するなどした上、甲府地裁へ赴いた。

(8)クラウン車は、甲府地裁の正門から構内に入り、同地裁表側駐車場に駐車し、次いで、パルサー車は、裏門から構内に入り、同地裁裏側駐車場に駐車した。クラウン車に乗っていた被告人は、表側駐車場に止めてある三菱ギャランに気付き、Jに対し、その車が滝本弁護士の車であることを確かめるよう指示し、これを受けて、Jは、クラウン車から降りてその車に近付き、車両ナンバーからその車が滝本弁護士の車であることを確認して、その旨被告人に報告した。被告人は、Jに対し、Hらに滝本車の駐車位置を知らせるように指示し、Jは、これを受けて、裏側駐車場に赴いてパルサー車内にいたH、I及びKに対し、滝本車の駐車位置を知らせた上、クラウン車に戻った。

(9)同日午後一時一五分直前ころ、被告人は、口頭弁論に臨むため、クラウン車から降りて法廷へ向かい、一方、そのころKは、手袋、マスク、サングラス、帽子等を着用して変装した上、Hからサリン入り溶液の入った遠心管一本を渡されてパルサー車から降り、歩いて滝本車のところに向かった。法廷へ向かう被告人と滝本車に向かうKは、裁判所の正面玄関近くですれ違った。Kは、滝本車へ至り、その運転席側のフロントウィンドウ・アンダーパネル部分の溝に右遠心管の中のサリン入り溶液を全量流し込み、パルサー車との合流場所に決めていた甲府地裁の南側にある公園入口へと向かった。

(10) 富永は、クラウン車内で被告人が法廷から戻ってくるのを待っていたところ、同地裁の職員から、通行の妨げになるとして車を移動するよう指示されたため、誘導に従って同地裁の玄関付近へと車を移動させたが、この結果、クラウン車は、当初の駐車場所よりも滝本車に接近した位置に駐車することとなった。すると、午後一時三〇分ころ、法廷から戻ってきた被告人は、Jに対し、「こんな近くに停めたら危ないじゃないか。」などと言って叱責した。これを聞いたJは、滝本の車に仕掛けたものが距離が近いから飛んできて危険ではないかとの趣旨に受け取った。

(11)パルサー車(H、I、K)とクラウン車(被告人、J)は、あらかじめ決めていた合流場所で落ち合い、互いの行動を確認した上、別々に上九一色村へ帰った。

(12)同日、第六サティアン一階のXの部屋において、H及びIがXに対し事の顛末を報告したが、その場には被告人も居合わせ、滝本弁護士がすぐには車に乗らなかったことや晴天で気温が高かったことなどから、所期の目的が達せられないのではないか等が話し合われた。

以上の事実が認められる。

3 そこで、被告人の主観面について検討すると、以上の事実によれば、被告人は、滝本車に何らかの薬物を仕掛け、その薬物の影響により、直接又は車を運転中の同弁護士に交通事故を起こさせて、これを死亡させるという本件犯行計画につき、当初の謀議段階から接した上で、あえてこれに参画し、同弁護士に係る裁判の予定や同弁護士の行動様式など重要な情報を提供するとともに、犯行直前の現場においても共犯者に具体的な指示を与えるなど、計画の実行に不可欠な役割を果たしたものであり、その間、Iから渡されたサリン中毒症などの予防薬をあらかじめ自ら服用するとともに、Jにも確実に服用させ、また、被告人の知らないうちにクラウン車を滝本車に接近させたJに対しては、これを叱責するなど、一連の事態を通じて、当該薬物の危険性を了知していたとみられる言動をしていたことが、明らかである。

滝本車に散布された本件薬物に関する被告人の認識については、検察官は、サリンの認識があった旨主張し、これに対し、被告人は、何らかの薬物だろうと思ったことは間違いないが、サリンとの認識はなく、Xのいう「魔法」云々はLSDのことを意味するのではないかと思ったかもしれないなどと供述し、弁護人も、被告人にサリンを使用するという認識はなかった旨主張している。関係各証拠に基づいて検討すると、被告人が本件薬物を特定の毒物であるサリンと認識していたか否かについては、一方において、検察官の主張に沿う証拠の存在も認められるが、他方、そのように断定するには、なお足りないものが残るといわざるを得ない。しかしながら、いずれにしても、前記のような被告人が果たした役割と本件薬物の危険性を了知していたとみられるその言動に照らせば、当該薬物が人体に対して有害な作用をもたらすものであり、その薬物の影響により、直接又は車を運転中の同弁護士が交通事故を起こして、死亡するという事態があり得る旨を被告人において認識認容し、そのような前提の下に共犯者らと行動を共にしていた事実は、本件証拠上動かし得ないものと認められる。

この点について、被告人は、滝本弁護士に何らかの薬物を撒く旨の話を聞き、万が一でも同弁護士の生命身体に危険が及ぶようなことがあってはたいへんであると考えて不安になり、Xの下に赴き、「滝本弁護士は、大丈夫でしょうか。」と尋ねたところ、Xが「マハームドラーだから、心を動かすことはない。危険な結果は出ないから、安心しろ。Jを試すから、よろしく。」と言ったので、やはりこれはJに課せられた「結果の出ないマハームドラー」と称する修行の一形態であって、同弁護士の生命身体に危険が及ぶことはないものと安心し、X、H及びIには滝本弁護士を殺傷する意図がないものと信じ、自らも同弁護士を殺傷する意図はなくして、一連の行動に加わったものである旨弁解している。しかしながら、既に認定した一連の事実によれば、被告人の立場からみた場合においても、X並びにその指示を受けたH及びIは、教団にとっていわば邪魔な存在である滝本弁護士に対し、その車に秘かに薬物を散布して同弁護士にこれを吸引させようと計画したものであって、同弁護士が薬物を吸引した場合には、そのこと自体によって同弁護士が死亡する可能性も否定できない上、同弁護士が車の運転中に薬物の効果が現れた場合には交通事故により死亡する可能性が容易に想定されるのであって、右が同弁護士の殺害をも意図した襲撃計画であることは、みやすいところである。そして、X、H、I及び被告人は、甲府地裁において被告人が民事訴訟の相手方として滝本弁護士と接する機会に計画を実行することとし、同業者として同弁護士をよく知る被告人において、関係情報を提供するとともに、X、H及びIにおいて、計画の実行に必要な人や物を用意して体勢を整え、しかるべき実験や練習を行い、犯人の特定を困難にするための工夫を凝らし、自分たちが誤って薬物に触れた場合の対策も講じながら、相携えて真剣に作業を続けたのであって、事態は、薬物による襲撃計画の具体化とその実行という一定の方向へ向かって淀みなく進行しており、その間、X、H及びIの行動が単にJを試すための演技に過ぎず、実際には滝本弁護士への危害は生じないと思わせるような事情は、全く存在しない。右のような襲撃計画に接し、滝本弁護士の生命身体に危険が及ぶようなことがあってはたいへんであると考えて不安になったことは、被告人自身が認めるところであるが、そのような不安を払拭するに足る兆候は何らみられないのである。被告人が宗教上の指導者としてXを信頼していたとする事情を考慮しても、被告人の弁解は、滝本弁護士の生命身体への危険について不安を抱いたにもかかわらず、前記程度のXの言によって不安が全面的に解消されたとする点で、著しく不自然かつ不合理であり、また何らの裏付けも伴わないものであって、本件における具体的な証拠関係に照らし、到底信用し得るものではない。

ところで、関係各証拠によっても、被告人らが本件のような犯行方法によって滝本弁護士を確実に殺害することができるとまで認識していたとは、必ずしも認められない。これは、特にXにおいて、教団関係者の仕業であることが分からないように襲撃したいという意図や、合成されたサリンの効果的な使用方法を試してみたいという意図が、殺意と併せて存在したことに関連するものと考えられる。しかしながら、そのような点を考慮した場合においても、被告人を含め、共犯者らがいずれも本件犯行により滝本弁護士の死亡する事態が十分あり得ることを認識認容した上で共に行動していた事実は、本件証拠上明らかである。

4 以上のとおりであって、被告人に殺意及び共犯者との共謀が存在したとの点は、これを認めるに十分である。所論にかんがみ逐一検討しても、右判断は揺るがない。

したがって、この点を争う弁護人の主張は、採用することができない。

(法令の適用)省略

(量刑の理由)

一  本件の特異性

本件は、教団の信者で弁護士の資格を有する被告人が、教団のためには法を犯すことも敢えて厭わないという考えの下に、いわば職業的に次々と犯罪を重ねていった事案である。その犯行は、平成二年の国土利用計画法違反、公正証書原本不実記載同行使に始まり、平成三年から平成四年にかけての有印私文書偽造同行使、平成四年の偽証、偽造有印私文書行使、平成六年の誣告、殺人未遂、詐欺未遂を経て、平成七年の名誉毀損、犯人蔵匿隠避に至るまで、前後五年近くの長期間に及んでおり、また犯罪の種類も多岐にわたっている。各犯行は、いずれもそれ自体犯情によくない点があるが、弁護士がその立場や知識経験を利用して敢行したことから、相応の効を奏することも多かったものであって、基本的人権を擁護し、社会正義を実現することを使命とする弁護士が一連の各犯行に及んだという点において、特異な性格を有している。

二  被告人と教団との関係

被告人は、京都大学在学中に司法試験に合格し、司法修習を経て、昭和五九年大阪弁護士会所属の弁護士となり、法律事務所において弁護士業務に従事していたが、体調が思わしくなかったことから健康を気遣っていたところ、たまたまXの著作に接して感銘を受けたことなどから、次第にその教えに傾倒していき、昭和六三年二月ころ教団に入信し、やがて法律事務所を辞して、平成元年一二月には出家と称する教団中心の生活に入った。被告人は、教団が社会との軋轢を募らせる中、次々に生ずる各種の法的紛争について、教団の弁護士としてこれに対応し、余人をもって代え難い役割を果たすものとして、教団内において重きをなしていった。

三  国土利用計画法違反、公正証書原本不実記載同行使

判示第一及び第二の犯行は、教団施設を建設するため判示の土地を早急に取得しようとしていたXの意向を受けて、被告人が他の者と共謀の上、買受名義人を右Xとして取引しようとした際、当時の国土利用計画法に基づき県知事へ届出をすべき売買の予定対価を偽り、その後、同じ土地について買受名義人を教団として取引することとした際、同法に基づき県知事へなすべき届出をしないで売買契約を締結したという事案である。そして、判示第三の犯行は、右土地の所有権移転登記に際し、所定の届出をしていない事実を隠蔽するため、被告人が他の者と共謀の上、登記原因を贈与と偽ったという事案である。右国土利用計画法違反の犯行は、まさに同法による規制を潜脱するものであり、公正証書原本不実記載同行使の点も、補足説明の項第一において説示したとおり、犯情悪質であって、その刑事責任を軽視することはできない。

四  偽証、有印私文書偽造同行使

判示第四ないし第六の犯行は、被告人が他の者と共謀の上、判示第一ないし第三の罪で起訴された共犯者等の公判において、前記土地の取引が売買ではなく負担付贈与であり、教団からYに交付された三五〇〇万円は融資金である旨虚偽の主張をすることとし、公認会計士の資格を有する教団信者をして前記公判において右主張に沿う虚偽の証言をさせ、右主張を裏付けるY作成名義の金銭消費貸借契約書を偽造して前記公判に証拠として提出し、また偽造された受領書を前記公判に証拠として提出したという事案である。被告人らは、偽証に当たって証言内容を詳細に検討し、模擬尋問を実施するなど周到な準備をして公判に臨み、また精巧な偽造文書を公判に証拠として提出するなどしているのであって、各犯行は、計画的かつ巧妙であり、当該公判の審理に重大な影響を及ぼしたものである。司法手続を著しく混乱させるこの種の犯行に対しては、厳しく対処せざるを得ないところである。被告人は、前記国土利用計画法違反から右各犯行に至ったことについて、教団に対し不公平な地域住民、行政、捜査機関等に非があるかのようにいう点があるが、そのような観点から法的な主張を展開するのであれば格別、公判における偽証や偽造文書行使等の動機として酌むべきものがあるなどとはいえない。

五  殺人未遂

判示第七の犯行は、信者の出家阻止、脱会促進などの活動を活発に行っていた滝本弁護士が教団にとって邪魔な存在であったことから、これを亡き者にしようとして敢行された殺人未遂の事案である。弁護士の行う法律事務に対し、殺害行為をもって応じようとしたものであり、言語道断の犯行である。また、本件は、計画性及び組織性が顕著であるほか、犯行の手口が危険かつ陰湿であり、しかも、被告人と被害者がともに弁護士の職責上顔を合わせる機会をとらえて裁判所構内で実行されているのであって、これらの点においても誠に犯情悪質といわなければならない。右犯行は、教団に不都合な者は殺害してでもこれを排除するというXの自己本位な考えに由来するものと認められるが、被告人は、右Xの意向を受けてこれに加担し、先に摘示したとおり、共犯者に対し滝本弁護士に係る裁判の予定や同弁護士の行動様式など重要な情報を提供するとともに、犯行直前の現場においては滝本車を特定するなど、本件犯行に不可欠の役割を果たしている。もとより、本件においては、被告人の行う具体的な行為から相手方の死亡という結果が発生するまでには、その間に種々の過程が予定され、不確定要素も想定されたものであって、自ら直接手を下す場合とは事情を異にする点があり、このことが被告人をして安易に本件へ関与させたという一面もあるようにうかがわれる。しかしながら、いずれにしても、被告人は、補足説明の項第二で触れたとおり、宗教的な側面も利益に援用しながら、滝本弁護士に何らかの危害が加わるとは全く考えていなかった旨弁解し、今もって責任逃れの供述に終始しており、自らの過ちを率直に反省する姿勢を示していない。被害者の被告人に対する処罰感情は厳しい。その刑事責任は、本件液体に関する被告人の認識が前判示のようなものであったことを考慮しても、なお甚だ重大であるといわざるを得ない。

六  誣告

判示第八の犯行は、宮崎県で旅館を経営するW(以下「W」という。)が教団関係者に拉致されたことを発端とする。すなわち、Wは、教団が執拗に要求する布施と称する寄付に応じないでいたところ、平成六年三月二七日から二八日にかけて教団幹部のP(以下「P」という。)ら及び教団信者であるWの一部親族によって自宅から拉致されて教団施設へと連れ込まれ、容易に帰宅を許されなかった。右Wは、教団に好意的な態度を装うなどし、同年八月に至ってようやく解放された後、記者会見を開いて被害を訴えるとともに、伊藤芳朗弁護士らを代理人として、井上らを営利誘拐の罪で告訴した。判示第八の犯行は、被告人が他の者と共謀の上、右の告訴が誣告に該当するとして、逆にWらを告訴したという事案である。被告人らは、教団関係者の犯罪行為を指弾されてもその非を悟ることなく、ひたすら拉致の事実を隠蔽しようと画策し、話の辻褄を合わせるため検討を重ねた上で、拉致が治療目的の正当な行為であったかのように装って虚偽の筋書を構築し、共犯者全員がこれを覚え込んで捜査官の取調べに備えるなどしているのであって、犯情悪質である。被告人は、このような本件犯行において中心的な役割を果たしており、その責任は重いといわざるを得ない。なお、弁護人は、被告人はWの拉致には関与していないとして、同人らが被告人をも営利誘拐で告訴したことは名誉毀損ないし誣告に当たる旨主張するが、関係証拠上明らかな拉致監禁されたWをめぐる被告人の対応状況にかんがみれば、Wらにその犯意はなかったものと認められる。

七  詐欺未遂

判示第九の犯行は、交通事故に遭った教団信者Qの病状に関し、被告人が他の者と共謀の上、実際よりも重篤な後遺障害が存するかのように虚偽の申告をするなどして、保険金を詐取しようとしたが、その目的を遂げなかったという事案である。その犯行態様は、保険会社の担当者に対し、内容虚偽の診断書などを提出し、その面前で右Qをして唐突に怒り出すなどの演技をさせ、内妻を装った女性信者が介護状況を述べるなどというものであり、手が込んでいる。被告人らが教団のために詐取しようと図った金額は、Qが本来取得すべきものよりもはるかに高額であった。本件保険金請求については、その後、教団に対する大規模な強制捜査が開始されたことから、保険会社が保険金の支払に慎重になったため、結果的には未遂に終わっているが、それまでの間、保険会社は、被告人らによる請求に対して格別の疑念を抱くことなく保険金額を試算していたのであって、既遂に至る危険性も高かったものである。被告人は、本件犯行を主導的に敢行したものであって、その責任は重いといわざるを得ない。なお、弁護人は、視力に関する診断書の記載が虚偽であった点について被告人の認識を争うが、関係証拠上明らかな被告人の本件への関与状況に照らせば、右の点についても未必的な認識の存在は優に認めることができるものというべきである。

八  名誉毀損

判示第一〇の犯行は、上九一色村でサリンの残留物が検出された旨の記事が平成七年一月一日の読売新聞に掲載されたことから、サリン生成に係る疑惑を教団からそらすため、Xの指示を受けた被告人が他の者と共謀の上、教団こそ毒ガス攻撃を受けている被害者であるとし、判示安藤が教団施設に対して毒ガスを噴霧しているという事実が確認されているなどと主張し、その旨を記者会見で述べたという事案である。そのような事実の確認などなされていないことを知りながら、近隣の者を名指しして行われた犯行であって、それ自体において犯情悪質であるが、被告人らは、記者会見において、安藤に対する殺人未遂罪の告訴状写しを配布し、写真やパネルなどを使ってその主張を述べ、教団信者に被害状況を訴えさせているのであって、その犯行態様は、計画的であり、これもまた甚だ手が込んでいる。被告人は、本件犯行を取り仕切った上、記者会見においても司会者として中心的な役割を果たしているのであって、その責任は重大である。

九  犯人蔵匿隠避

判示第一一の犯行は、布施と称する教団への寄付をめぐるトラブルに起因して、平成七年二月二八日教団信者のTらが假谷清志を拉致したところ、同年三月二一日に至りTに対して逮捕監禁罪による逮捕状が発付され、翌二二日には指名手配されたことから、被告人が他の者と共謀の上、Tの逮捕を免れさせるため、これを蔵匿し、また隠避したという事案である。被告人らは、教団の組織ぐるみの犯行に加担していたTを捜査機関の手に渡すことを恐れ、あらゆる手段を使って逮捕の妨害を図り、教団の資金力にものを言わせてこれを匿ったほか、同人に種々の整形手術まで施しており、そこには組織防衛のためであれば法秩序も人権も何ら意に介さない教団の自己本位な姿勢が如実に現われている。被告人は、整形手術の道具を届ける方法を指示し、逃走資金を調達するなど、本件犯行において重要な役割を果たしたものであって、その刑事責任は軽視し得ないところである。なお、被告人は、Tの顔面に整形手術を施してその容貌を変えた点につき、共謀したとまではいえないと思う旨陳述しているが、右のとおり整形手術の道具を届ける方法を指示していたことなど、関係証拠上明らかな被告人の関与状況に照らせば、右の点についても共謀が成立したとの評価を免れることはできない。

一〇  被告人のために斟酌すべき事情

他方、被告人は、判示第七の殺人未遂罪以外の各罪については、公判廷において概ね事実関係を認めており、それなりの反省の弁も述べている。また、判示第七の殺人未遂罪の関係では被害者に対し約二二三三万円を、判示第一〇の名誉毀損罪の関係では被害者に対し約一三八七万円をそれぞれ損害賠償金等として支払っている。また、被告人の父親が当公判廷に出廷し、被告人の今後の生活設計とその帰りを待つ家族の実情等について詳しく証言している。そして、被告人は、教団との関わりができるまでは、弁護士として本来の職務に従事していたものであり、現在においては、既に教団を脱退し、弁護士会も自主的に退会しているところである。被告人には前科はない。これらは、被告人のために利益に斟酌すべき事情であると認められる。

一一  被告人の刑事責任

本件各犯罪事実は、いずれも教団にとって不都合な事態を違法行為をもって排除し、あるいは教団の利得を図ろうとして敢行された組織ぐるみの犯行である。被告人は、これらの犯行に深く関与し、一部の犯行においては中心的な役割も果たしている。判示第一ないし第六の前記国土利用計画法違反に始まる一連の犯行は、同法違反の罪や公正証書原本不実記載の罪などを安易に犯した上、そのことが発覚しても、虚偽の主張を変えることなく、公判廷においてまで偽証したり、偽造証拠を提出したりして争ったものである。また、判示第七の殺人未遂の犯行は、適法な手続で紛争を解決することを職務とする弁護士が相手方の弁護士を殺害しようとする行為に加担したものである。そして、判示第八の詐欺未遂の犯行は、事実を歪曲してでも多額の保険金を詐取しようとしたものであり、判示第九ないし第一一の誣告、名誉毀損、犯人蔵匿隠避の各犯行は、罪もない者に法的攻撃を加えたり、身内の犯人を匿ったりしたものである。加えて、判示第四ないし第一一の罪は、保釈中に敢行されたものであった。ところで、本件各犯罪事実は、既に指摘したとおり、いずれも組織ぐるみの犯行であり、それだけに全体としての悪質性が目立っているが、被告人個人に対する量刑判断に当たっては、弁護人が指摘するとおり、被告人自身の認識や関与を吟味することが必要であり、共犯者の中に特別な悪情状を有するものがあるとしても、これを直ちに被告人の悪情状と評価すべきものではない。本件各犯行においては、共犯者間の企図や認識は必ずしも同一ではなく、これらの内容いかんによってそれぞれ情状を異にすることが認められるところであり、被告人自身に属さない事項についてまで、犯行の組織性を理由として、一律に悪情状の責任を問うのは相当でない。しかしながら、そうした観点に留意しつつ検討した場合においても、被告人の有する弁護士資格と法技術に係る知見がこれらの犯行において果たした役割は、やはり大きいといわざるを得ない。被告人は、教団内で過ごすうち法律家としての責務を忘れ、弁護士の良心を捨てて行動していながら、それが正義であるかのように強弁する破滅的な道を突き進み、長年にわたり常習的に違法行為を重ねたものであって、その責任は誠に重大である。

以上のような犯情にかんがみると、被告人のために斟酌すべき事情を十分考慮しても、被告人に対しては、主文の刑を科するのが相当であると判断する。

よって、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 永井敏雄 裁判官 上田哲 裁判官 中川正隆)

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